受動的な情報ってこわいなという話。
受動的な情報、たとえばSNSのオススメTLを見るとか、あるいは誰かのリツイートが勝手に流れ込んでくる状態って、楽しくはあるんですが、やっぱり危ういところがあります。問題は、情報の中身そのものよりも、「どんな姿勢でそれを受け取っているか」なんだと思います。
いちばん大きいのは、自分で判断している感覚が薄れていくことです。
検索して調べるとか、複数の記事を見比べるとか、そういう行為には必ず「自分で選ぶ」という意志が入ります。でも、受動的に流れてくる情報には、その意思が存在しません。気づいたら目に入っていて、読んで、理解したつもりになっている。内容を吟味することなく感情だけが先に動いて、同調意識だけが残る。
あとは、文脈がごっそり抜け落ちやすいのも問題です。
切り取られた発言や動画、スクショでまとめられた要点。そういうものは、前提や背景を削ったまま広がっていきます。一次ソースを確認しないと、全体を見ないで判断することになり、間違った認識を抱えたままになります。
特に社会問題や政治に関しては前提知識や問題の背景、起点をどこに置くかで判断が大きく変わる話なので、絶対に受動的に流れてきた情報だけで判断してはいけないことの筆頭です。
その他、感情が煽られやすいのも厄介です。
受動的に流れてくる情報は、怒りや不安、嘲笑のような強い感情を引き起こすものほど拡散され、目につきやすい。そういった情報を目にすると、判断はどうしても短絡的になりますし、あとから冷静な訂正が出てきても、なかなか届きません。一度「そう感じてしまった」ものは、事実を積み直しても簡単には動かない。
じゃあどうすればいいのかというと、どの問題に対しても「一次ソースにあたれ」が正解になります。
原文、公式発表、改変されていない生の情報を確認して、確認できないことがあったら絶対に拡散や意見の発言をしない。
これを守ることで充分です。これが出来ていないひとがほとんどだと思います。自分のことを棚に上げて言いますが。
別に、受動的な情報接触を全部やめろと言いたいわけじゃないんです。
ここまで書いたことに対して無自覚なまま情報を受取ることは、発信者の意図を受けてゆるやかに洗脳されている状態とも言えます。情報が溢れている時代に必要なのは、自分の意思を持って情報と向き合うことです。それを全人類にやってほしいと本気で思っています。
以上、
よろしくお願いします。