投稿者: usui

「東方茨歌仙 〜Wild and Horned Hermit.」第七話雑感

 
 華扇ちゃん連載1周年おめでとうございます。REXへの移植フラグ立ったりしましたがFebriは永久に不滅です(儚


■今回のあらすじ
 人里に福の神が出没すると聞き、神社繁栄のためさっそく拉致に向かった霊夢と魔理沙。探しても姿が見えなかったその神の名は「仙台四郎」ではないかと言う早苗。
 そもそも福の神とは『努力した人を後押しするだけ』だから、まずは努力しろと華扇が説くも、いまでも充分努力してるしやっぱり拉致るしかない、と断言するいつもの霊夢でありました。どっとはらい。


■雑感

仙台四郎
 霊夢達、福助を知っているのに仙臺四郎を知らないのは知名度の違いなのか。東北の民とか商売関係者なら知ってる人多いと思いますが、全国的にはどれくらい知名度あるのか興味深いです。
 あと、実利に結びついていることもあって他の神様に比べて信仰されていると思うので、幻想郷に入るのはまだ先のことになるのではないかなあと思うところ。
 ……しかし、神主がこないだ仙台に来たとき思いついてそのまま使ってみました感がするのは気のせいでしょうか(穿った見方のしすぎ
 

・人間の里
 こんな仔細に里の内部が描かれたのって書籍文花帖以来じゃないですかね。かなり広い感じ(神主指示がどれだけ入っているかはさておき)

・早苗ちゃん
 元気いっぱいかわいい。

・華扇ちゃん
 お団子むさぼる華扇ちゃんのお団子食べたい

・新展開
 今回(も)ストーリーの展開はありませんでしたが、伏線っぽい台詞もありましたし、次号に期待。
 あと作品外のことですが『神霊廟特集は次々号』みたいなことが書いてあったのでそこらへんも含めて。 



■今月の深読みしすぎコーナー
 作中に出てきた蕎麦屋のマーク(丸に十字)って島津家の家紋かと思ってたけど守矢家の家紋でもあったのですね。街中に広がる守矢の信仰おそろしいです。







 タイトルロゴに忍び寄る守矢の影(違

 

<関連記事>
東方茨歌仙 第1巻 単行本修正点まとめ

 

東方神霊廟の売上の行方についての誤解

 
 伝達範囲は未確認なのですが「神霊廟の売上は製品版も全部含めて寄付される」と思っている人が少なからずおり、その上コピペブログによってその情報が蔓延しかかっているようなので、先手を打って確かな情報を広められればと思った次第です。


 問題の文面は以下のコピペブログ内

東方Projectの旧作フロッピー、お値段115万円より(アルファルファモザイク)
東方Projectの旧作フロッピー、お値段115万円より((´A`)<咳をしてもゆとり)

199 :名無しさん@涙目です。(東京都):2011/07/20(水) 03:34:21.37 ID:Lc0Ds/jC0
>>191
東方オンリーの最大イベントである博霊神社例大祭で新作の体験版を300円で売ってコミケで製品版や音楽CDを1500円売る、後は商業誌扱いの公式漫画や公式小説、公式設定本を定期的に出してる
どんだけ利益出してるのか知らんが次の新作は売上全額被災地に寄付らしいから相当経済的余裕あるレベルで儲かってる
というレスがあります。調べれば分かることなのですが、ソースも確認せず広がってしまいそうなのが恐ろしいところ。


 これに対して、公式見解はどうなっているかというと、

東方神霊廟 ~ Ten Desires. 体験版(博麗幻想書譜)
また、例大祭で配るはずだった体験版CDは後日メロンブックスさんで売って頂ける事になりました。
 以前、Twitter等でお伝えしていたとおり(そうです実はTwitterやってました(ID:korindo))この売上を全て震災の義援金という形で、微力ながら支援させて頂きたいと思います。
 義援金に充てるのは体験版だけで、製品版については何も言及していません。ちなみにTwitterでも7/20現在、製品版については何も触れていません……ということで、ゆめゆめ勘違いなされぬようお願い致します。



■余談

 重箱の隅をつつくようなことですが、

korindoあい分かった。売り上げを義援金にするというと間接的にしない人を攻撃しているように取られかねないので、あくまで個人的に募金するという形で協力させて下さいlink

 ということになっており、公式には義援金という扱いではなかったりします。そして、義援金には収支報告義務はない(たぶん。素人調べ)ので、義援金だろうが私的寄付だろうが、収益を公表しなくても法的に問題はないはずです。


  

帯に支配されるブックデザイン

 
 ずっと思っていたことなんですが、また、何を今更ということかもしれませんが。


 日本の書籍のカバーデザインって、帯が付くことが前提にして作られているものが多すぎませんか?


「新潮文庫の100冊」未読チェックツール(読書メーター)
 ここらへんを見ると一目瞭然かと思うんですが、タイトルが上7割で収まっていたり、下部だけ妙にすっきりしていたり、そんな本が目立ちます。
 中にはそれを逆手にとって、帯を外すと楽しめるデザインになっているものもありますが、基本的に帯が外れるとバランスが悪くなるデザインのものが多い気がします。ここに載っているのは文庫だけですが、本屋に行けば単行本や新書でも同じ事が言えるのはわりかし自明かと思われます。
 帯が付いている内はいいんですが、入荷後しばらくすると帯が外されたまま陳列される本も少なくありません。それをみるとなんとも悲しいような情けないような妙な感覚にとらわれます。普段気にしていないと何とも思わないでしょうが、一度意識し始めるとこれがなかなか気になってくるのです……(きっと)。

 この文化って日本独特で、他の国ではここまで帯がたくさんついてるわけではないようで[要出展]どうしてこうなったと言いたいのです。

本の帯(腰巻き)について教えてください。(教えて!goo)
 ソースとしてアレですが、この回答を見る限りでは。かなり昔から帯自体は付いていたことが読み取れますが、ではカバーデザインはどうかのか、というとよく分かりません。ではカバーデザインが帯に支配(?)されるようになったのはいつ頃なのか、その変遷を追ってみると面白いんじゃないかなー、と思ったんですが、調べる気力と時間がないので問題提起だけしておいて誰か興味のある人がいれば調べてもらえばいいかな、なんて投げっぱなしエンドですみません。かしこかしこ。




帯のデザイン (レイアウトスタイルシリーズ (別冊))
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 これも面白そうな本ではあるんですが、個別ケースの紹介が主であって歴史を追う感じではないのが無念。


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