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ご報告とお詫び(261013)

※SNSでの出来事について、事情を理解している方向けの報告です。なんのことかわからない方はご放念ください。

#お詫び

以下の文章は、事情を知っている協力者に添削してもらって書いています。

該当発言は、私が発信したことを隠蔽する意図がないことを示すために魚拓取得の上、削除しました。

ふぉろわー各位には、不快な思いと迷惑をかけてしまい申し訳ありません。
先日、ブロックされている某氏に、またリプライを送ってしまいました。
それ以前にも、某氏と、某氏が運営するイベントのアカウントに何度も連絡を送っています。
相手が望まない接触を重ねたことを、あらためてお詫びします。

自分は「けんかをしたら仲直りするべき」という拙い価値観で動いていました。
十数年SNSをやってきて、明示的にブロックされたのは初めてのことで、適切な距離の取り方を間違えていたと思います。
反省しています。

#なぜ送ってしまったのか

言い訳になりますが、経緯を書いておきます。
創作をするときも、考え事をしようとするときも、例の発言を思い出してしまいます。
日常生活中や業務中にもフラッシュバックが起きてしまい、ちょっと生活に支障が出ています。

私自身、どうしてたったひとつふたつの発言にこんなに苦しんでいるのか分かりません。
某氏は、数々のイベントの(おそらく)中心人物として成功に導いていたり、地域と協力してイベントを創り上げてきたりという実績のある方です。
そういう方に対話を拒否されたということが自分自身で許せないという、自分本位な理由なのかもしれません。
それをどうにかしたいという一縷の望みを持って、今回も話しかけてしまいました。
理由がどうであれ、相手にもフォロワーの皆さんにも迷惑をかけた以上、やってはいけないことだったと考えています。

#今後について

信頼できる人たちと相談した上で、少なくとも今年中は、SNSでは告知と通知以外の投稿をしないことにしました。
自粛するのは、自分の性格上また同じことを繰り返すのが目に見えているからです。

#言葉について

反省とは別に、これだけは書いておきたいのですが、

自害を促す言葉を向けられたことは、たとえインターネット上の発言であっても、時間に任せて忘れていいものではないと思っています。
口にした言葉には責任が伴います。
面と向かって言えないことは、人に向けて言うべき言葉ではありません。

#最後に

長くなりましたが、お伝えしたいことは以上です。
本年はイベント関連について、一般参加を含めて参加予定はありませんが
どこかでお会いしたときは、どうかよろしくお願いします。

天幕のジャードゥーガル主題歌『Stella』歌詞解釈に関する覚え書き

フルで聴いて以来頭から離れなくて、言葉にしておきたかったので、思ったことを書き残しておきます。
なお、この記事はアニメ『天幕のジャードゥーガル』の物語と重ねた上での歌詞解釈です。作品のネタバレを含みます。

怒りという感情

歌詞の中のどこにも書かれていないのに、(たぶん)作品を知らなくても、歌に秘められた感情は「怒り」だと想像できるのがすごい。
失ったものへの悲しみ。奪われたことへの戸惑い。取り戻せなかった自分への悔しさ。それでも前に進まなければならない覚悟。
この曲では、そういった感情が交じり合って、怒りが生まれるまでの軌跡が描かれているように感じました。

答えの出ない問いを何度も何度も繰り返し、心の奥にある怒りを再燃させていく。本当に深い怒りとは、外に向かって叫ぶことではない。
何度も自分に問いかけ、何度も過去を思い返し、それでも消えないものを見つめ続けること。忘れたいほど苦しい。でも忘れることは許せない。
その矛盾を抱え続けることこそが、この曲で表現されている「怒り」なのではないかと思いました。

忘却という救い

「忘れていたなんて そんなわけ」という歌詞の一節について。
この後に続くであろう「ない」を言い切らないことの意味を考えた。二つの意味があると考えました。

ひとつは、作中で何度も訪れる「もう復讐なんていいじゃないか」という迷い。
時が経つにつれ、あるいは穏やかな時間も訪れて、暗い気持ちを忘れる瞬間が何度も描かれます。しかし、それでも彼女は平穏を振り切って復讐を思い出そうとします。そんな意思が見え隠れしているのではないでしょうか。

もうひとつは、忘れてしまうことの残酷さ。
自分の生きる原動力でもある感情とその根源を、一瞬とはいえ忘れてしまう自分への情けなさ。
『想い出がまだ煌めいている』ということは、それがまだ美しいものとして彼女の中に残っているということ。煌めきが消えてくれれば楽になれるのに、消えないから苦しい。そんな複雑な感情がこの一節に凝縮されているように私は思いました。

 反復と反転

「弱かったから」という歌詞が何度も出てきます。
曲の冒頭から中盤までは、「この世界は弱くて未来は脆くて、だから壊れるのは仕方ない」という諦めに近いニュアンスで語られています。
ひとりの人間ができることなどたかが知れている。そう思うのが当たり前で、それはある種の救いですります。
でも、最後の最後で、主語が変わります。

「私が弱かったから 壊されたんだ」

世界のせいにできたはずの痛みを、自分の責任として引き受けてしまう。なまじ知恵と知識があって、何かを成せるだけの力があったせいで、諦観が自責の念に変わってしまう。

そして、自責で終わることを許さず「次は壊されないだけの力を持てばいい」という結論を自分の中で導いてしまう。
逃げ出す弱さを使いこなせず、すべてを背負い込んで破滅の未来に向かっていく。その結果さえ当然の罰と信じているから止まれない。
「私が弱かったから」という言葉は、自分を責める言葉であると同時に、「もっと強くならなければならない」と自分に課してしまう呪いの言葉でもあります。悲しい。

問い続けること

この歌の一番好きなところ。

「間違ってない? もしかしてもう初めから?」

歌詞の中で、主体となる存在は強い意志を持ちながら、自らの正義(あるいは悪)を疑う気持ちを失っていません。
この問いは、「今の自分」を疑っているだけではなく、復讐を決意したこと自体が間違いだったのではないか、という自分の物語の起点すら疑ってます。
自分の存在理由を否定したら生きては行けない。でも知恵があるから問わずにはいられない。
「自分は正しい」と信じ切ることができないからこそ生まれる苦しみがあります。だから、己の正しさを疑い続ける人間ほど、自分自身を傷つけてしまうのではないでしょうか。
この曲を聴くたびに痛みを覚えるのは、この高潔な心によるものだと感じてなりません。

さいごに

今までセカオワの曲をまったく聴いたことがなかったのですが、作品を読み解いてここまで深く潜れる歌詞や、暗さと疾走感を両立させる曲、とても好きになりました。本作を通じて知ることができて幸いでした。

マステAI使用疑惑の件(自分用メモ)

概要

2026年5月、カモ井加工紙(@mtmaskingtape)公式が発表した「響け!ユーフォニアム」限定コラボマスキングテープの告知画像について、蛍@houtaruu氏が生成AI使用だと指摘したことを発端とするやり取り。
@usui37(私)は同画像のAI使用根拠を複数回質問したが、@houtaruu氏からの返信はなく、代わりに侮蔑的な表現を含むツイート(エアリプ)が行われたのち、一方通行のやりとりが続いている。

主張したいこと

買おうと思っていたグッズ(マスキングテープ)に対して、@houtaruu氏はAIを使用してると断言し、制作会社に対して非難の言葉も使っています。
それに対して根拠を求めたところ、「現世においてあらゆる創作や批評を自重されたほうがいい五感のレベルだよ」「随分なめられてて結構なんだが」と侮蔑的な発言のみを残し、以後反応いただけていません。
そこで、改めてAIを使用しているという根拠を示してほしいのがひとつと、ここまで強い言葉で非難される謂れがどこにあるのか教えてほしいと思っています。

時系列

5/13(水)昼頃
カモ井加工紙株式会社がマスキングテープ紹介のツイートを投稿する(削除済み)
それを受け、@houtaruu氏および同氏が関連する団体の代表アカウントから、生成AIを使用していることの指摘がツイートされる。

それに対して両アカウントへ引用・リプライを送る

5/15(金)
カモ井加工紙株式会社が修正版として再ツイート

5/18(月)
@houtaruu氏から、おそらく本件と思われる内容のツイート
5/23(土)
18日のツイートに気付いて返信

AIについて質問しただけでこれほど強く非難されているのは釈然としないので対話をさせてほしいんですが、難しいでしょうか。

参考

カモ井加工紙の該当ツイート画像(修正前後)を合わせたもの、一部抜粋

素人目で差分がありそうなのは、商標・コピーライト部まわり(画像上)と、右下のイラスト位置(画像下)のくらいでした。

 

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